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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)320号 判決 1985年1月31日

上告人 小藤治子

被上告人 百田健司

主文

原判決のうち供託金還付請求権の帰属に関する部分を破棄し、第一審判決のうち右部分を取り消す。

前項の部分に関する被上告人の本訴請求を棄却する。

学校法人福岡工業大学が福岡法務局に対し昭和五三年度金第六四一九号をもつて供託した金四四七万八五一五円の還付請求権は上告人がこれを有することを確認する。

訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人三浦啓作、同奥田邦夫の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

(一)  上告人は、昭和四一年六月ころ、百田雄三郎と事実上の婚姻をした。上告人は、母方の伯父の養子となつていたので、雄三郎との間で、伯父に他に適当な承継者ができるまでは婚姻の届出をしないとの合意をしていた。このため、雄三郎の死亡に至るまで両名の婚姻の届出はなされなかつた。

(二)  雄三郎は、実子がなかつたので、昭和四六年四月一七日、同人の実兄の孫に当たる被上告人と養子縁組をし、その届出をした。

(三)  雄三郎は、昭和五三年一月二六日死亡し、被上告人は、唯一の法定相続人として雄三郎の権利義務を承継した。

(四)  雄三郎は、死亡時まで学校法人福岡工業大学(以下「福岡工大」という。)に教授として勤務していた。雄三郎の死亡退職により福岡工大から支払われるべき退職金は四四七万八五一五円(以下これを「本件退職金」という。)であつた。当時の福岡工大の退職金規程(以下「規程」という。)六条は、死亡退職金につき、単に「遺族にこれを支給する。」とのみ定めていた。そこで、上告人と被上告人との間で本件退職金の帰属につき争いが生じたため、同大学は、福岡法務局に対しこれを債権者を確知することができないとの理由で供託した(昭和五三年度金六四一九号。以下「本件供託金」という。)。

原審は、右事実関係のもとにおいて、(1)死亡退職金は死亡者の生存中の勤続に対して支給されるものであつて死亡者の相続財産又はこれに準ずる性質を有するものと解せられるから、その受給権者につき単に遺族とのみ規定されている場合には、その受給権者の範囲及び順位については民法の相続の規定に従うものと解するのが相当である、(2)したがつて、本件退職金の受給権者は、雄三郎の唯一の法定相続人である被上告人というべきであるとして、本件供託金の還付請求権が被上告人にあることの確認を求める被上告人の本訴請求を認容し、右還付請求権が上告人にあることの確認を求める上告人の反訴請求を棄却した。

ところで、原審の適法に確定したところによれば、福岡工大は、昭和五四年三月、規程六条を改正し、ただし書として、新たに「遺族の範囲及び順位は、私立学校教職員共済組合法二五条の規定を準用する。」旨追加したというのである。そして、私立学校教職員共済組合法二五条(昭和五四年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)が準用されると、同条により国家公務員共済組合法二条、四三条が準用されることになり、その結果、改正後の規程六条によれば、福岡工大の死亡退職金の支給を受ける遺族は、(1)職員の死亡の当時主としてその収入により生計を維持していたものでなければならず、(2)第一順位は配偶者(届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)であり、配偶者があるときは子は全く支給を受けない、(3)直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となる、(4)嫡出子と非嫡出子が平等に扱われる、(5)父母や養父母については養方が実方に優先する、ということになる。すなわち、改正後の規程六条は、死亡退職金の受給権者の範囲及び順位につき民法の規定する相続人の範囲及び順位決定の原則とは著しく異なつた定め方をしているのであり、これによつてみれば、右規程の定めは、専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当である(最高裁昭和五四年(オ)第一二九八号同五五年一一月二七日第一小法廷判決・民集三四巻六号八一五頁参照)。のみならず、改正前の規程六条においても、死亡退職金の受給権者が相続人ではなく遺族と定められていたこと、改正前も前記私立学校教職員共済組合法二五条及び国家公務員共済組合法二条、四三条が施行されていたことを考慮すると、他に特段の事情のない限り、改正前の規程六条は、専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法上の相続とは別の立場で死亡退職金の受給権者を定めたものであつて、受給権者たる遺族の具体的な範囲及び順位については、前記各法条の定めるところを当然の前提としていたのであり、改正によるただし書の追加は、単にそのことを明確にしたにすぎないと解するのが相当である。そして、右のように解することを妨げるような特段の事情の主張、立証はなされていない。そうすると、改正前の規程六条にいう遺族の範囲及び順位に関しては、前記各法条の定めるところによるべきであり、右遺族の第一順位は、職員の死亡の当時主としてその収入により生計を維持していた配偶者(届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)と解すべきことになる。これと異なる原審の判断には法令の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえず、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

そして、前記事実関係によれば、本件退職金の受給権者は、右遺族の第一順位に当たる上告人であつて、本件供託金の還付請求権は上告人に帰属するというべきであるから、右還付請求権が被上告人にあることの確認を求める被上告人の本訴請求は理由がなく、また、右還付請求権が上告人にあることの確認を求める上告人の反訴請求は理由がある。したがつて、第一審判決のうち被上告人の右本訴請求を認容し、上告人の右反訴請求を棄却した部分に対する上告人の控訴を棄却した原判決を破棄し、第一審判決のうち右部分を取り消したうえ、被上告人の右本訴請求を棄却し、上告人の右反訴請求を認容すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 失口洪一 裁判官 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎)

上告代理人三浦啓作、同奥田邦夫の上告理由

控訴裁判所は、死亡退職金の受給権者の範囲および順位につき、受給規程が「遺族に支給する」となつている場合民法の相続の規定に従うと判断したが、右判断は次の点において民事訴訟法第三九四条の上告理由が存する。

第一点法令(経験則、条理)違反

一 死亡退職金の法的性質

遺族固有の権利であり相続財産に属さない。労働契約上死亡退職金に関する条項は、受給権者を受益者とするいわゆる第三者の為にする契約であり、死亡した労働者と生活を共にしていた者の生活の保障にある。

遺族の範囲について規定がない場合は、契約当事者の意思、支払慣行、死亡退職金の性質、類似の制度の検討を通じて決めるほかない。一般に遺族というときは、配偶者および相続人を意味するよりむしろ、死亡者の配偶者(内縁も含む)およびこれと生計を共にし、それにより生活している子、父母等をさすものとされている。

国家公務員等退職手当法第一一条、国家公務員共済組合法第二条第三項、恩給法第七二条、労働者災害補償保険法第一六条の二、中小企業退職金共済法第一一条、労働基準法施行規則四二条にも同旨の規定がある。

原告は、亡百田雄三郎と生計を共にした事実が全くなく、遺族としては上告人しか存在しないことは明らかである。乙第三号証の二の第六条は、この点により明確にしたものである。

二 控訴裁判所の法令違反

控訴裁判所の民法の規定によるという前記判断は、相続財産でないという右性質を軽視し、本来の死亡退職金が存する「死亡した労働者と生活を共にしていた者の生活の保障」という制度目的を全く無視するものである。

死亡退職金の受給権者は相続人ではなく死亡者の配偶者(内縁も含む)およびこれと生計を共にしそれにより生活している子、父母等をさすということは、今日の時代の大きな方向であり流れである。

控訴裁判所の右判断はその過程において、経験則、条理(上告理由としては法令に該当)に違反している。

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